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| この詩は、デンマークの認知症ケアの専門家ジェシーさんによって書かれたものです。デンマークでは、認知症コーディネーターという職種の人が、認知症の人々や家族、ケアに関わる職員などへ、人間性豊かで、そしてより専門的なアドバイスを行いながら、さまざまな形で支援しています。当時、ジェシーさんは認知症コーディネーターとしては新米だったそうですが、日々の人間模様や認知症の人々の真実の叫び、眠れる豊かな感性を、しっかり見据えています。これほどまでに認知症の人々の心を深くうたった詩があったでしょうか。これからの私たちのケアのあり方、そして痴呆になっても人間としての尊厳をもち続けることができる地域づくりに大きな示唆を与えてくれます。 |
| (翻訳当時に使われていた「痴呆性老人」「痴呆」といった言葉は原文のまま生かしています) |
私が痴呆になったとき
| 私が痴呆になったとき、 私の人生は簡単で、わかりやすく、予測しやすいものとしたい。 こんなふうに、同じような事を、同じ時刻にするようになるでしょう。 そしてそれを理解し、受け入れる事は私にとって時間のかかることなのです。 私が痴呆になったとき、 あなたは私に静かに話し掛けてください。 そうでなければあなたが私を叱りつけているように感じ、恐くなってしまいます。 あなたが何のために、何をしようとしているのかを私に話してください。 それから、私に簡単な選択をさせてください。 そして、私が何を選択してもその選択を受け入れて欲しいのです。 私が痴呆になったとき、 あなたが私のために楽しい時間が過ごせるように思っていてくれている事はとても嬉しい事です。 ましてや、あなたがその事を私に話してくれたなら私はもっと嬉しくなります。 私が痴呆になったとき、 私がそれを受け入れていなくても、私は以前よりもまして眠る時間や休む時間が必要になります。 そして私はもう2度と目が覚めないのではないかと不安になるのです。 私が痴呆になったとき、 私はおそらくナイフやフォークで食事が出来なくなるでしょう。 でも、指では上手に食べられるのです。 その時はそのままにさせてください。 帽子をかぶったまま寝ていても、そのままにしておいて欲しいのです。 私が痴呆になったとき、 何を取ろうとしていたのか思い出せなくなる時があります。 その時は、それを指差して教えて欲しいのです。 私が痴呆になったとき、 私は気難しくなり、気分の上下で意地悪をすることがあるでしょう。 それはきっと、私が無気力な救いようのない状況を感じている時で、 それが私は大嫌いだからなのです。 私が痴呆になったとき、 私がパニック状態に陥る事があります。 それは私が同時に2つ以上のことを考えなくてはならない時なのです。 そんな時はしっかりと私の手を握って、私が一つの事に集中できるように導いてください。 私が痴呆になったとき、 わたしはとても忘れっぽくなります。 だから私はいつまでもひとつのことを恨んだりしていないのです。 あなたが私を怒った事はあなたよりも早く忘れてしまっているのです。 私が痴呆になったとき、 私は簡単に落ち着く事が出来ます。 それは言葉によってではなく、あなたがただ、私の手を取り、静かに揺り動かしてくれるか、 そっと私の横に座っていてくれるだけでいいのです。 私が痴呆になったとき、 不明瞭で抽象的なことは私にはわかりません。 私はあなたが言っている事を自分の目で見、自分の手で触り、感じたいのです。 私が痴呆になったとき、 いろんな事がわからなくなり、他の人を理解する事が難しくなります。 それでも、声を和らげて、私をしっかりと見てくれる人の声には、 私は耳を傾けやすくなるのです。 言葉は短く、簡単な文章にしてください。 そして時々は話をするのをやめて、私が理解しているか確かめてください。 私に何かを聞く時は、一つづつ、一つづつにしてください。 長い事説明されても、私はそれを覚える事は出来ません。 あなたが話し掛ける前には、私を見て、私に触れて、そして微笑みかけてください。 それから、私が忘れっぽいという事を決して忘れないで、 そして、水道の栓を閉める事や、ろうそくの灯を灯さずに楽しむ事、 タバコはあなたと一緒に吸う事を教えて下さい。 私が痴呆になったとき、 私は散歩に行きたいとは思わないし、新鮮な空気を求めたり、運動もしたくはありません。 でも、それらをした後の爽快さを私は知っています。 だから、あなたが私を誘ってくれて、一緒に出来るならばそうしたいものです。 私が痴呆になったとき、 私は私の時代の音楽が聞きたくなります。 なんという曲だったかは思い出せませんが、私はそれをあなたと一緒に聴きたいと思うのです。 私は誰かと一緒に歌う事が大好きです。 たとえ私が痴呆で知性は衰えても、私の感性は衰えていないのです。 あなたが思っているよりも私の感性は鋭いかもしれません。 |